読書量を冊数ではかる人を見るとうんざりする。
「アメリカの大学生は1年間に○○冊も本を読む!」とか、「最近の日本人は年に○○冊しか本を読まない」とか、そういう記述に腹が立つ。
月に5冊読む人と、10冊読む人では、10冊読んでいる人のほうが偉いと勘違いしている人をたまに見る。そういう人って、本当に読書をしているのだろうかと疑問に思う。
読書を続けていれば、いろいろな本に出会う。字を眺めているだけですらすらと内容が頭に入ってくる本もあれば、紙とペンを使って整理しなければ読みすすめられない本もある。分厚い本、薄い本、新書、小説、詩集、どれを読んでる人が偉いとか、そんなことには興味がないけど、読むのに時間がかかるものもあればそうでないものもあるのに、読書量を一概に冊数ではかるなんてどうかしてる。
大切なことは、読んだ本の多さではなくて、どれだけ深く本と向き合ったかだと思う。それは、冊数や読書時間だけでは決してはかれないものだと思う。
2016年1月10日日曜日
2016年1月8日金曜日
保存量どうしの交換量が保存量になる証明
演算子$A$について$A$がハミルトニアン$H$と可換であれば、ハイゼンベルグ方程式
\begin{eqnarray*}
\frac{dA(t)}{dt}=-\frac{i}{\hbar} [A(t),H]
\end{eqnarray*}
より、物理量$A$は時間変化しない保存量となる。$A,B$が$H$と可換であるとき、ヤコビ恒等式
\begin{eqnarray*}
[A,[B,H]]+[B,[H,A]]+[H,[A,B]]=0
\end{eqnarray*}
[A,[B,H]]+[B,[H,A]]+[H,[A,B]]=0
\end{eqnarray*}
より、
\begin{eqnarray*}
[H,[A,B]]=-[A,[B,H]]-[B,[H,A]]=0
\end{eqnarray*}
[H,[A,B]]=-[A,[B,H]]-[B,[H,A]]=0
\end{eqnarray*}
なので、保存量どうしの交換子は保存量になることが分かる。
ティファニーで朝食を (新潮文庫) -トルーマン カポーティ
文のリズムが本当に魅力的。訳書でそう思わせてくれるなんて大した翻訳技術だと思うなぁ。あとがきにもあるけど、「ミス・ホリデー・ゴライトリー、トラヴェリング」って本当に耳に残る不思議な響きがあるよね。
物語自体にわくわくしたりはしないけど、とりわけホリーに心踊らされると思う。誰かがホリーを"キラキラしている女性"と言ってたけど本当にその通りだと思う。ホリーの言っていた「野生の生き物にいったん心を注いだら、あなたは空を見上げて人生を贈ることになる」っていう部分が凄く印象に残ってる。
最後にはいろいろと窮地に立たされるホリーだけど、それでいても彼女らしさを失わないのも、やっぱり多くの女性がホリーに憧れる理由の一つなんだろうな。猫のくだりにその時その時の感情に正直に生きているホリーの性格が凄く表れていると思った。
映画も見てみようと思った。けど、まずはあのホリーがおすすめしてる『嵐が丘』を読んでみよう。
他の人のブックレビューでは、この本に載っている『ダイアモンドのギター』という短編の方が良かったという声もある。この話もなかなか面白かった。『花盛りの家』も好き。
どの物語も、登場人物が本当に素朴でとても素敵だった。
物語自体にわくわくしたりはしないけど、とりわけホリーに心踊らされると思う。誰かがホリーを"キラキラしている女性"と言ってたけど本当にその通りだと思う。ホリーの言っていた「野生の生き物にいったん心を注いだら、あなたは空を見上げて人生を贈ることになる」っていう部分が凄く印象に残ってる。
最後にはいろいろと窮地に立たされるホリーだけど、それでいても彼女らしさを失わないのも、やっぱり多くの女性がホリーに憧れる理由の一つなんだろうな。猫のくだりにその時その時の感情に正直に生きているホリーの性格が凄く表れていると思った。
映画も見てみようと思った。けど、まずはあのホリーがおすすめしてる『嵐が丘』を読んでみよう。
他の人のブックレビューでは、この本に載っている『ダイアモンドのギター』という短編の方が良かったという声もある。この話もなかなか面白かった。『花盛りの家』も好き。
どの物語も、登場人物が本当に素朴でとても素敵だった。
トルーマン カポーティ
新潮社
売り上げランキング: 6,949
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2016年1月7日木曜日
Hφ=Eφ⇒H^nφ=E^nφの証明
$H\varphi=E\varphi$ であるとき $H^{n} \varphi = E^n \varphi$ が成り立つことの証明
$ H^n \varphi = H^{n-1} H \varphi = H^{n-1}E\varphi=EH^{n-2}H\varphi = \cdots = E^n \varphi$
おもしろかったのでメモ。
$ H^n \varphi = H^{n-1} H \varphi = H^{n-1}E\varphi=EH^{n-2}H\varphi = \cdots = E^n \varphi$
おもしろかったのでメモ。
2016年1月6日水曜日
旅のラゴス (新潮文庫) -筒井 康隆
おもしろかった!
久々に心踊る物語に出会えた。不思議なおとぎ話を読んだ時のような気持ちになるのはなぜだろう。
前半は少し退屈だけど、それもこの世界観に馴染むためには仕方ない。
はじめのうちは超能力を手にいれてもなお愚かさを捨てきれない人類の滅亡を説く教訓めいた物語かと思ってたけど、もっと素朴な「いい話」だった。まぁ、教訓的なエピソードも沢山あるにはあるけど、それはこの物語の主役ではないと思う。
壁抜け芸人の失敗はこの上なく滑稽…。ヨーマとデーデのその後は凄く気になる。旅の途中でいろいろな人間や文化が登場していてそれもまたおもしろい。
60才を越しても何かに焦がれ青春を忘れないラゴスは本当にかっこいい。長い間に奴隷になりながらも、旅の目的を忘れなかったラゴスの強い意志や、人類の熟度に応じて知識を教授する深い思慮には感嘆する。
さあ、ラゴスを見習ってもっと貪欲に読書をしよう、旅をしよう、人生を生きよう。
それにしてもラゴス、モテすぎ。
2016年1月4日月曜日
何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)-中村 文則
こういう本を書くのは難しい。とはいえ、やっぱりこの本には「何かの二番煎じ」という印象しかもてなかった。確かに話のプロットにはとても引き込まれるし、凄い閉塞感を感じさせてくれる小説ではあった。だけど、なんだか露骨すぎるがゆえにリアリティーを感じなかった。あくまで空想、あくまで物語、現実味を帯びて自分に迫ってくるものはなかった。
だいたいテキストを太字にするのってどうなんだろう。保守的と言われるかもしれないけど、インパクトを与えたい部分を太字にするなんていう小細工を使って恥ずかしくないのだろうか、悔しくないのだろうか、と思ってしまった。本文を太字にするなんていうのは、語尾に♪をつけたり、顔文字を多用する携帯小説の技法の何も変わらない気がする。本文の中で芸術について熱く述べられている部分があるけど、文学という芸術にはそんな誤魔化しなしに挑んでほしかった。
全体的に読みにくく、誰がどの台詞を言っているのかを把握するまでに時間がかかったりでイライラした。もう中村文則の本は読まないだろう。
とは言え、本文の中で語られている「マスコミが騒げば死刑」「騒がなければ無期懲役」の話なんていうのは考えさせられる。僕が最も共感した人物は刑務所の主任だった。死刑制度を絶対的で明瞭なものにしたいけれども、死刑なんてものは人間が扱える代物ではなく、矛盾ができてしまう、そういうところに苦しんでいる主任にはなんとなく共感できる気がする。「こんなことのために柔道をやってきたわけじゃない」っていう部分が一番好きかも知れない。
自殺した真下のノートに書いてあるような感情は、誰もが一度は抱くと信じたい。でもそれは、大人になるにつれて、この世界になじむにつれて忘れていく。誰かが、ああいうノートに何かを嘆いていても昔のことなんてとっくに忘れて「思春期」「反抗期」「中二病」って言葉で片付けちゃうのではないだろうか。それがまた真下のような人を傷つけていく。
又吉の紹介が帯にあったから買ってみたけれども、やっぱり好みは人それぞれなんだろうな。又吉の解説もおもしろかったけど、最後の一文でなんだか急に陳腐になってしまって残念。本のあらすじには「生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説」とあるけれども、真摯というよりは「露骨に向き合った小説」というのが正しいのではないだろうか。
だいたいテキストを太字にするのってどうなんだろう。保守的と言われるかもしれないけど、インパクトを与えたい部分を太字にするなんていう小細工を使って恥ずかしくないのだろうか、悔しくないのだろうか、と思ってしまった。本文を太字にするなんていうのは、語尾に♪をつけたり、顔文字を多用する携帯小説の技法の何も変わらない気がする。本文の中で芸術について熱く述べられている部分があるけど、文学という芸術にはそんな誤魔化しなしに挑んでほしかった。
全体的に読みにくく、誰がどの台詞を言っているのかを把握するまでに時間がかかったりでイライラした。もう中村文則の本は読まないだろう。
とは言え、本文の中で語られている「マスコミが騒げば死刑」「騒がなければ無期懲役」の話なんていうのは考えさせられる。僕が最も共感した人物は刑務所の主任だった。死刑制度を絶対的で明瞭なものにしたいけれども、死刑なんてものは人間が扱える代物ではなく、矛盾ができてしまう、そういうところに苦しんでいる主任にはなんとなく共感できる気がする。「こんなことのために柔道をやってきたわけじゃない」っていう部分が一番好きかも知れない。
自殺した真下のノートに書いてあるような感情は、誰もが一度は抱くと信じたい。でもそれは、大人になるにつれて、この世界になじむにつれて忘れていく。誰かが、ああいうノートに何かを嘆いていても昔のことなんてとっくに忘れて「思春期」「反抗期」「中二病」って言葉で片付けちゃうのではないだろうか。それがまた真下のような人を傷つけていく。
又吉の紹介が帯にあったから買ってみたけれども、やっぱり好みは人それぞれなんだろうな。又吉の解説もおもしろかったけど、最後の一文でなんだか急に陳腐になってしまって残念。本のあらすじには「生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説」とあるけれども、真摯というよりは「露骨に向き合った小説」というのが正しいのではないだろうか。
中村 文則
集英社 (2012-02-17)
売り上げランキング: 3,504
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2016年1月2日土曜日
ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編 (新潮文庫)-スティーヴン キング
刑務所のリタ・ヘイワース
アンディの不屈さ、自分を見失わずに生きる姿、自由への渇望に震えたたされる。絶望してはいけない、希望を捨ててはいけない。そんなことを教えてくれる素敵な話。
ゴールデンボーイ
問題作っていう言葉は、こういう作品に使うものなんだろうな。今でこそ堂々と出版できるけれど、大戦直後だったらどうだろう。まともな少年が徐々に老人に侵食されていく様は、なんというか、えげつなささえ感じる。てっきり、収容所時代の悪行を悔いる老人と素朴な13才の少年の友情の物語かと思っていたら、全然そんなことなかった。全然そんな生ぬるい話じゃなかった!
少年が初めて人を殺すシーンに読者は恐ろしさを感じても、「衝撃」を覚えることはないと思う。そのころには少年の凶行には、どういう訳かある程度の「自然さ」が伴っていて、幾分かの「理解」がある。私たちはニュースで未成年者が意味もなく人を殺したと聞けば首をかしげるのに、この小説ではその衝動に幾分かまっとうさを感じてしまうから不気味なのだ。
容赦のない物語。オススメ。
スティーヴン キング
新潮社
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